海洋摂理と海洋趣味産業摂理
- johnsato
- Feb 13
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真のお父様は「海洋趣味産業」に関して多くのみ言葉を語られました。
しかし、犠牲・蕩減の時代で全てを捧げて生きてきた食口たちには摂理の中の「趣味」と言う概念は異質なものと感じる人がおられるかも知れません。
海洋摂理に関する主なみ言葉集である「み旨と海」「環太平洋摂理」「真の父母経十篇」などを見ると、真のお父様が「海洋摂理」と言う言葉を直接使われることは少なかったと思えます。同じように「海洋趣味産業」と言う綴りの言葉もあまりみ言葉に出てきません。
しかし、真のお父様と15年間、米国で海洋教会指導者として歩んだ佐藤健雄氏によれば、1993年12月30日に真のお父様は、漢南洞公館の広間に集まっていた少数のメンバーの前で、「海洋摂理時代から海洋趣味産業時代への転換」、すなわち「海洋趣味産業摂理時代到来の宣言」をされた、と言うのです。
「海洋摂理」と言う表現は食口の中では慣れ親しんだ表現なのですが、「海洋趣味産業摂理」という表現はどこから来たのでしょうか。真のお父様ではなく、他の人が造った造語なのでしょうか。二つの表現にどのような違いがあるのでしょうか。この件に関して考えてみたいと思います。
「海洋趣味産業」と言う表現はどこから来たのか?
「真の父母経十篇」の冒頭の紹介文では「真の父母様は... 海洋趣味産業を積極的に推進し、沈まない船の開発や世界釣り大会も開催された」と言う記述があります。「真の父母経十篇二章四節」の紹介文には「真の父母様は、神様を中心とした海洋観光産業と趣味産業を構想し、推進されたのである」とあり、み言葉には「海における趣味産業」と言う表現があります。また、「環太平洋摂理」の第二章の題名は「海洋レジャー産業と趣味産業」です。
上記を見ると「海洋趣味産業摂理」が根拠のない造語ではないことが分かります。
また、「趣味を兼ねた観光産業」は海洋教会(オーシャン・チャーチ)の一つの目標だというみ言葉があります。
「私が、アメリカで海洋を開拓するために、アメリカにないものを一つつくったのですが、それがオーシャン・チャーチです。最も重要な所に、三十のオーシャン・チャーチをつくりました。
そうして、水産事業もするのですが、海洋観光事業をしようと思います。これから世界的に観光事業を行うつもりです。趣味を兼ねた観光事業、それをするために、オーシャン・チャーチをつくって訓練させたのです。」(真の父母経十篇二章)
1986年までのみ言葉を集めた「み旨と海」には趣味生活・趣味産業の記述は在りません。つまり、「み旨と海」だけを読むと、「海洋趣味産業」と言っても理解できないコンセプトなのです。
佐藤健雄氏の書籍「海洋趣味産業モデル基地建設世界化・国民運動化を目指して」によると、1993年12月30日、お父様は韓国漢南洞公館において少人数の指導者たちの前で「海洋趣味産業摂理の出発」を宣言されたと記録されています。
実際に、「環太平洋摂理」と「真の父母経十篇」には、1993年12月30日のみ言葉はいくつかあり、その殆どが趣味産業に関してです。
そのみ言葉の詳細を話す前に、なぜ1993年ごろが「海洋摂理」にとって重要な転換期であったのか吟味してみたいと思います。
1993年~1996年の重要性
1986年までのみ言葉を集めた「み旨と海」には趣味生活・趣味産業の記述は特に在りませんが、「環太平洋摂理」などのみ言葉を読むと、「趣味」に関してのみ言葉があふれています。そのみ言葉の殆どが1993年から1996年の期間で語られたみ言葉です。
つまり、「趣味産業摂理」と言う概念が存在したならば、この期間に主流になってきたと思われます。でもなぜ、この期間が重要な摂理的転換期になったのか、考えてみたいと思います。
1954年に統一教会が始り、1994年に第一次四十年路程が終結
1993年1月1日の「真の神の日」に「成約時代の定着」、そして同年5月にアメリカから始まった「真の父母と成約時代」という世界巡回講演を通じて、成約時代の幕開けを宣布
1994年に「世界基督教統一神霊協会」が終結し、「世界平和統一家庭連合」が出発した
1995年はサンパウロ宣言により第二次四十年路程と、南北米統一摂理が始まった年
1974年8月1日は米国海洋摂理の出発の日であり、1994年は「海洋摂理20年路程・計画」の最後の年
1994年に終結した第一次四十年路程は蕩減時代だったと意味されるみ言葉もお父様は1996年に語られています。
「今まで、先生の生涯における一次の四十年の生活は、北半球にある先進国家を中心とした、すなわち陸地を中心とした受難時代でした。」(環太平洋摂理 277-131, 1996.4.7)
つまり、1993年~1995年から開始した「成約時代」「第二次四十年路程」はそれ以前の時代から摂理的性質がだいぶ変わった時代であると察すると、真のお父様がそれまでは異質と見られるような「趣味産業」「趣味生活」の事をこの時期に語られ始めたのは納得できることだと思われます。
次に、1993年12月30日近くに語られた「趣味産業」に関してのみ言葉を、主なみ言葉集から探していきたいと思います。
1993年12月30日あたりのみ言葉
「環太平洋摂理」、「真の父母経十篇」、そして韓国語で出版されている「文鮮明先生み言葉選集」を探すと、1993年12月30日周辺の時期に「趣味産業を始める」と言う表現のみ言葉が多くありました。(日本語への翻訳は非正式なものであることをご了承ください。)
「これからは、海における趣味産業とともに、農業も趣味農業をしなければならないと思うのです。今後、人々は、遊べる時間が多くなれば、遊ぶことも必要になります。ですから、庭園のような所に約二百坪ほどの空間を造り、趣味農業をして生活できるようにリードするのです。鹿のような動物も育てて放し、魚も育てて放し、その次に穀物も、自然に人工のものを代わりに入れて育てるのです。それはどれほど素晴らしいでしょうか。
神様が創造したすべてのものは何であれ再生させ、それを眺めて神様のことを思い、自然と調和して、すべての面で互いに助け合いながら、趣味をもって生き、霊界に行くのです。そのようにすることによって、都市集中の社会を分散させることができます。」(真の父母経十篇 252-210, 1993/12/30)
「今後は趣味産業を開発しなければなりません。レジャー産業ではありません。趣味産業です。レジャー産業といえば、利権が介在した概念です。魚を釣ることも、ハンティングをすることも、すべて利権を考えるというのです。それは、趣味とは違うというのです。
これを趣味産業として展開すれば、部落にまで広げることができます。部落でもシーズンを決めてするのです。各自していることが違います。工場に行く人、会社に行く人など、あらゆる職場がありますが、職場別に百から三百六十のクラブをつくるのです。そして毎日、どれかのクラブがこのことをするのです。できます。このように編成して春夏秋冬、一年中このようにすれば、お金を失いません。五〇パーセントは返還されてきます。ですから趣味産業、これ以上良いものはないと思うのです。」(環太平洋摂理 252-201, 1993.12.30)
「そう、趣味産業を始めましょう。『はい。』お金はありますか?(笑)同じことです。先生も同じです。先生も1セントもなしですべてを始めたのです。」(文鮮明先生み言葉選集 1993.12.30)
「皆さんもこのようなスポーツや狩猟、釣りに興味がありますか。カジノに興味がありますか。『はい。』自信があって、興味がある人は手を挙げてみてください!下ろしてください。それなら始めましょうか、今?始めましょうか?私が始めれば、皆さんの国でもすべてを作らなければならないということです。」(文鮮明先生み言葉選集 1993.12.30)
「今年の4月で、私が海を中心にしていた期間が20年になるのです。だから趣味の観光を始めようとしているのです。」(文鮮明先生み言葉選集 253 - 4,1994.01.14)
「今、成約時代において、私たちがしなければならないことは、このような大人員を動員することです。大人員が必要です。国境を超越し、文化背景を越えて世界の人々を連結させることができる産業とは何ですか。もちろん、教会活動も必要ですが、対内と対外の活動を兼ねて連結させることができる事業は、趣味産業しかないというのです。」(環太平洋摂理 252-211, 1993.12.30)
「趣味産業とはどういうものか分かりますか。これに対する世界的な組織をつくって先取権を握ることが、今後世界の金融界などの人的資源をはじめとして、あらゆる分野を平和に導いていく一つの近道だと考えるのです。それで、今まで二十年間、海に対して準備してきたのです。来年の四月で二十年になります。」(環太平洋摂理 252-210,1993.12.30)
「世界で飢え死にする2000万人を救うための趣味産業、その次にはビジネスセンスも必要です。ビジネスで今後1年間に2000万人が死ぬのを救えるようにしなければなりません。土地があるところでは農業方法、水があるところでは養魚法を教えて、飢え死にしないようにしなければなりません。妻たちや子どもたちが釣りができるのに、なぜ飢え死にするのですか?水があり、魚がいくらでもいるのに、なぜ死ぬのかということです。だからこそ釣りをするのです。皆さんが釣りを教えてあげなければなりません。また、狩りも教えるのです。そこにはワニやその他の動物がたくさんいます。世界平和観光狩猟協会もすべて世界平和のためのものです。なぜこんな遊びをするのでしょうか?私は20年間赤字を出しながら今までこの基盤を築いてきたのです。世界で飢え死にする人々を真の親が責任を持たなければならないのです。」(文鮮明先生み言葉選集 253 - 3 1994.01.09)
1993年12月30日に起こったこと
「環太平洋摂理」や「真の父母経十篇」などの代表的み言葉集でも1993年に「海洋摂理時代から海洋趣味産業時代への転換」が起こったことは明確に表現されていません。
しかし、「文鮮明先生み言葉選集」の1993年12月30日のみ言葉には「趣味」と言う言葉が40回以上使われています。そして、「これから」「今後は」「始める」「成約時代において」「今まで準備してきた」と言う表現が多くあり、明らかに趣味産業をこの時期に始めようとされたようです。成約時代・第二次四十年路程に入る転機として、海と食糧問題に関連して趣味産業を始めようとされていたことがみ言葉の隅々にうかがえます。
そして、実際に、この頃からご聖和される2012年にかけて南米、麗水、ラスベガスで怒涛のように趣味・観光産業に投入されて行かれました。
1993年12月30日に「海洋摂理時代から海洋趣味産業時代への転換」「海洋趣味産業摂理時代到来の宣言」を真のお父様がされた、と言う佐藤健雄氏の主張は恐らく正しいものだと推測できます。
佐藤氏はこの日に少数の人を集めて語られた時のみ言葉のメモに以下のように記録しています。
「今日までは奴隷労働時代であった。しかし、本来、人間は、『趣味』という喜びを動機として働くように神様は創造された。『趣味労働』である。しかし、今、人々は、『食べること』を中心目標や価値として働いている。この姿は、先生の目からみると皆『奴隷労働』をしているように見える。しかし、これからは、「海洋趣味生活」の時代になる。それによって人類の生活は、奴隷労働から、趣味労働生活へ転換され、解放されるようになる。永遠の平和な世界での観光趣味生活へ転換する時である。戦争や対立闘争のような正反合作用による発展の時代は終りを告げ、授受作用、正分合作用によって発展する時代の到来である。人間の多様な趣味の中心は「釣り」であり、商業用漁船による漁業時代は終り、趣味による釣りの時代へ転換する時である。海という自然の中で、多様な神様を感じて生きることのできる時代の到来である」(佐藤健雄 自叙伝より)
また、のちに1993年12月30日の「宣言」について、お父様が、「この『海洋趣味産業摂理時代到来の宣言』は、『家庭盟宣(1994.5.1宣布)』と共に、後天時代の道案内としての里程標として宣布するものである」と言われた、と佐藤健雄氏は証言しています。
趣味産業と海洋摂理の関係
「環太平洋摂理」と「真の父母経十篇」には、海を中心とした「趣味産業」と「観光産業」に関してのみ言葉が数多くありますので、趣味産業と観光産業が海洋摂理の一部であるか、あるいは密接な関係がある、と言うのは議論の余地はないと思われます。
しかし、「海洋摂理」と「趣味産業」の関連をここで明確にしていきたいと思います。
1.海洋摂理の目指す結果
佐藤健雄氏の書籍「海洋趣味産業モデル基地建設世界化・国民運動化を目指して」によると、食糧問題とは堕落に起因するものだとしています。
「なぜ人類は食糧問題を抱えているのでしょうか。その本質は人類始祖の堕落による万物主管能力の喪失が根本原因(神様の被造万物世界に対する所有権の喪失)です。その結果として人類の食糧問題は人類史上いつでもどこにでも存在するようになり、『奴隷労働』、階級社会、南北問題、物本主義、拝金主義、唯物論もその結果として現れた現象です。」(海洋趣味産業モデル基地建設世界化・国民運動化を目指して、第一章)
エデンの園ではアダムとエバは自然界で趣味生活を送りながら生きていたのですが、創世記によると、堕落により、神様によって苦しんで食糧を探す人類となってしまったのです。
「更に人に言われた、『あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、 地はあなたのためにのろわれ、 あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、 あなたは野の草を食べるであろう。 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、 あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る』」(創世記3:17-19)
つまり、堕落によって発生した人類の飢餓問題を解決する、と言うのは「エデンの園での生活基準の復帰」であり、「第三祝福、万物主管権の完成」とほぼ同意義なのです。
当然、第三祝福の完成は、第一祝福と第二祝福の完成なくしてはありえません。世界にどんなに優れた義人・家族・組織がいても、性問題などを中心に崩れていってしまい、いまだに世界には階級社会(格差)や食糧問題があふれています。その現状があるのは、人類の第一祝福と第二祝福の完成が成されないままだったから、と推察されます。
その歴史の中、真の父母の顕現で、第一祝福と第二祝福の完成の道が開かれたと同時に、海洋摂理を中心に、第三祝福完成の道も開かれたのです。
2.堕落以前の本然の生活は趣味生活
海洋摂理を中心とした第三祝福の道の結果として、人類は「エデンの園での生活」に戻るのですが、これが「苦しんで地から食物を取る」(創世記3:17-19)生活から解放された「趣味生活」なのです。それが「環太平洋摂理」のみ言葉にも表現されています。
「趣味生活、神様はそれを喜びます。皆さんの趣味が創造と連結するのです。すべての趣味が私を待っています。疲れません。趣味生活を重ねていくことによって自動的に神様の世界と近づくのです。これが、人間が願う最高の生活です。」(環太平洋摂理 279-60, 1996.6.9)
「趣味生活をしなければなりません。神様が創造される時、無理やりに造ったのではありません。喜びを感じるように造ったというのです。創造される時の神様の立場を、私たちは再び感じなければなりません。誰かが「しなさい」と言うからするのではなく、せざるを得ないのです。眠る時間にも眠らずにそれをしなければいけないというのです。そこにどうしてお金が介在し、環境が介在しますか。それゆえに、趣味生活、趣味産業、趣味研究などが、神様と共に喜ぶ中で一つになってなされたものであってこそ、神様に所有されるものとなり、神様が愛する息子、娘たちが愛用できるものになるのです。」(環太平洋摂理 281-263, 1997.3.9)
上記のみ言葉のように、真の父母様が海洋摂理の道で目指されたのは、「全人類が天の父母を中心として趣味生活をできる状態」に導くことだったのです。つまり、「趣味生活」は海洋摂理の目的だとも言えます。
3.食口たちが目指すべき生活は趣味生活
人類が目指すのが「趣味生活」であるならば、全ての食口たちが目指すべきも、「趣味生活」であるべきです。そのようにお父様が私たちを導かれるみ言葉の例が以下です。
「六十を越えれば、故郷の農村に帰って土地を耕しながら、霊界に行く準備をしなければならないのです。霊界に行く準備が忙しいのです。ですから、精誠を尽くして先生のように農村に行って埋ずもれて、農村を指導する責任を果たさなければなりません。ですから、趣味産業、趣味生活を終えて霊界に行ってこそ高い霊界に行くことができ、情緒的な人になって霊界の舞台を活用できる皆さんになるのです。」(環太平洋摂理 289-193, 1988.1.2)
上記のように、私たち全てが、最後には趣味生活をしないといけない、と言うようなみ言葉が多いのです。実際に、1990年代にはジャルジン農場を開かれ、日本食口の中心とも言える日本国家メシアたちをレダに送られたのです。レダの生活は困難であり、趣味生活と言うより、蕩減生活とも考えられますが、目標は老いた世代が霊界に行く前に「理想・本然の趣味生活をする社会」を確立するためであったとも言えると思います。
4.海洋趣味産業と海洋摂理の違い
海洋摂理は1963年の天勝号の建造より始まったと考えることができ、それは漁業、魚流通業、食堂、ボート製造、養殖などを含むことが考えられます。
しかし、1993年ごろくらいから2012年に真のお父様が聖和されるまで怒涛のように行われた趣味産業に関わる摂理は、ホテル業、観光業、リゾート開発(麗水など)、カジノ(ラスベガス)などが含まれます。これらは「海洋趣味産業」として、1963年から築いてきた海洋摂理基盤を中心とした趣味産業の摂理として一つの概念でまとめることが可能であると考えます。
しかし、「趣味産業が海洋摂理の中にある」と言うよりも、「海洋事業が趣味産業摂理の中にある」、と見るほうが正確な考え方かもしれません。なぜなら、趣味産業の中に「釣りなど海を中心とする趣味」が含まれていて、趣味産業とは、カジノ、スポーツ、狩猟など、あらゆる産業を網羅するからです。
趣味産業とは、全ての人がどこにいても壁がなく共にできる活動なので、どのように世界の様々な変壁を超えて統一させるかと言う真のお父様の戦略でもあるのです。それは、釣りだけに特化するのではなく、あらゆる老若男女、人種・国家・環境を貫く趣味産業を戦略的に真のお父様は考えられたのです。それを表現するみ言葉の例が以下です。
「大量の人員を動員できる環境条件は非常に多くあります。世界的だということです。さまざまな釣りの方法、さまざまな顔、さまざまな環境があるのです。どこに行っても、釣りをする場所はすべて異なります。観光会社を中心に、このような世界的な組織をしっかり作れば、これ以上良い産業はないと見ています。また、これ以上の人員を動員できる組織はないと見ています。
カジノも男女老若をすべて動員できますし、スポーツもそうです。ただし、狩猟は高級です。これは固有層です。釣りは年齢に制限がありません。だから、広大な世界的基盤を中心に趣味という名目で世界的な流通体制を作ることができるのです。
カジノは都市部でなければなりません、都市部。その次は農村です。狩猟は自然界、次に釣りは海で行います。すべてが含まれます。体育は健康を中心に運動することです。健康が基準です。都市で楽しむことができるカジノがあり、その次は健康のためのスポーツが世界的で、土地を中心にした狩猟、釣りは海です。だから、どこに行っても楽しむことができます。これはなくならないため、この産業はいつでも保証される環境条件を持って入ってくるのです。」(文鮮明先生み言葉選集 1993.12.30)
食口たちが三大祝福と趣味生活を実現する場所
佐藤健雄氏は海洋趣味産業摂理の要として、「海洋趣味産業モデル基地」を世界各地に造るのが、地上天国、あるいは共生・共栄・共義の社会を造成する方法だと強調していました。
佐藤健雄氏の2005年の書類「海洋趣味産業モデル基地建設世界化・国民運動化を目指して」によると、「海洋趣味産業モデル基地とは、海洋教会を中心とした産業基地で、海洋学校、漁業、釣り大会、釣具・餌・衣服など製造販売、ボート製造販売、魚の養殖・稚魚の孵化・放流、魚流通産業、シーフードレストラン、海運・観光産業・スポーツ、海洋資源開発、海洋生活・文化・情報産業、海洋摂理基金・銀行などの事業の集合体である」とありますが、これは真のお父様が2003年11月27日に明確にされたそうです。
この「基地」のことを真のお父様は以下のように1986年にすでに表現されています。
「今後、各州に私たちの水産業基地ができれば、そこにコンドミニアムを一つずつ造ろうと思います。これを造って日本人、韓国人、アメリカ人、そしてドイツ人を中心としたヨーロッパ人、これらの四カ国の人を一緒に住まわせるのです。
出勤は別々にしても、帰って来れば一緒に食事をして、そのほかのことも共にするのです。このようにして、一つの家族生活の形態を整えて訓練をしなければなりません。
ここをパスできない人は、今後地上天国の理想圏に入っていくことはできません。天国に入る資格をもてないのです。それで、今私は、その生活基盤を築く仕事をするためにこの事業をしているのです。」(環太平洋摂理 147-27, 1986.8.20)
このように、海洋趣味産業摂理の基地こそが、全ての食口が住み、生活基盤を造り、地上天国の理想圏をつくる現場であるべきだったのです。
麗水、コディアック、ハワイ、レダなどに建設するべき海洋趣味産業モデル基地が、三大祝福を完成するべき食口たちが生活する場所となり、「飢餓問題解決」と「万物主管権の完成」の中核となり、神文化文明の発祥地となり、人類の本然の生活である「趣味生活」を確立する場所である、と言うのが真のお父様の計画だったのです。




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