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海洋摂理の父母の心情

真の御父母様はどのようなご心情を持ち、海洋摂理を開拓されておられたでしょうか。お父様の心情を感じられるみ言葉を以下の5つに分類をしました。
(1)飢える人々を心配する父母の心情、(2)失敗を重ねる孤独な心情、(3)あきらめない心情、(4)未来に委ねる心情、(5)食口と子孫のための心情

(1)飢える人々を心配する父母の心情

「世界の問題は皆さんにとってそれほど重要ではありません。今日、世界のある国では何百万の人々が飢えに苦しんでいます。皆さん、それが分かりますか。いいえ、皆さんはそれが分からないでしょう。先生がしなければならないことは、この世界のより良い側面を霊界と連結することなのです。そして先生は、先生の目を深い地獄、最も惨めな状況に向けなければなりません。先生はそういうすべての問題を解決しなければならないのです。」(み旨と海 11章  1985年8月)
「全世界を巡回して感じる最も差し迫った危険は食糧問題です。食糧問題こそ一時も先延ばしできない問題です。今も私たちが生きている世界では、一日だけで四万人が飢えて死んでいっているのです。自分のことではない、自分の子供のことではないと知らないふりをしていてはいけません。」(自叙伝 七章)
「なぜこのようなことをするのでしょうか。飢え死にする世界の人々に、真の父母が責任をもたなければなりません。全世界の人類が兄弟なのに、放棄することはできないというのです。」(真の父母経10篇2章3節)
「真の父母様が地上に来て、飢え死にする人々に対して無関心ではいられません。私が海洋事業をするのは、それを通して彼らを助けてあげるためです。」(真の父母経10篇2章4節)
「そのような家庭に生まれたせいか、私も生涯ご飯を食べさせる仕事に力を注いできました。私には、おなかを空かした人たちにご飯を食べさせる仕事が他のどんなことよりも貴く重要です。ご飯を食べる時、ご飯を食べられない人がそこにいれば、胸が痛く、喉が詰まって、スプーンを持つ手がそのまま止まってしまいます。」(自叙伝第一章)
「大切なことは隣人に対する関心です。自分がおなかいっぱいご飯を食べる時、誰かおなかを空かせている人がいないか見渡すことのできる心を持つことが肝要です。人類が飢餓問題を解決しなければ、この世界に本当の平和はありません。すぐに横にいる人が空腹で死んでいくのに、それをそのままにして平和を語るのはあり得ないことです。」(自叙伝 第七章)
「世界で一年に約二千万人が飢えて死ぬのですが、その人々をどのように救うのでしょうか。お父様は、釣りが好きなので釣りをして回っているのではありません。釣り針を眺めながら、大洋を越え、その二千万人のことを考えるのです。真の父母の血と肉を投入してでも、助けてあげられる道を開かなければならないというのです。」(真の父母経 10篇2章 278-319, 1996/06/23)

(2)失敗を重ねる孤独な心情

「天勝号を造ったのが一九六三年です。劉孝永(ユヒョヨン)氏も船を嫌いました。水を嫌うのです。波を嫌うのです。海で台風が吹けば、家のように大きな波を越えることを楽しいと思わなければなりません。そのために死んだとしてもいいというやり甲斐を、そこに感じることができる男にならなければなりません。それなのに『水が怖い』と言って海を嫌いました。もし、その時からアラスカに出ていったとすれば、世界的にどれほど大きく発展していたことでしょうか。」(環太平洋摂理 第一章 276-314, 1996.3.10)
「一九六三年に韓国で船を造ったのですが、その名が『天勝(チョンスン)号』でした。天が勝利する、神様のみ旨を成就するという意味です。『天勝号』を造り、『世界の海を占領しよう』と語ったのです。しかし、誰もが船に乗るのを嫌いました。『このように波が荒れているときは出られません』と言うのです。漁夫がそのようなことを言っていられますか。命がけで出ていかなければならないのです。私は漁夫になりました。雨が降っても雪が降っても、意に介しませんでした。夕立があっても釣りをしました。雨が降っても、夕方までしたのです。」(真の父母経10篇 第二章一節)
「『ニューホープ』という名前の私たちの船は、マグロをたくさん捕ることで有名です。その船に私が直接乗って、マグロを捕りに行きました。人々は船に乗ることを恐れます。若い者たちに『船に乗りなさい』と言うと、怖気づいて皆逃げていきました。『先生、私は船酔いが激しいので駄目です。船に乗るだけで吐き気がして死にそうです』と泣き言を言うので、私が 先頭に立ちました。」(自叙伝 第四章)
「既に多くのメンバー達が海から逃げ去ったのを先生は知っています。(中略)我々が漁をする理由は単に経済的なものだけではありません。我々は漁をしなければならないし、継続しなければなりません。そして伝統を打ち立てなければなりません。」(み旨と海 第三章 1982年8月28日 プロビンス・タウン)
「本当はこの目的のために三百隻の船を造るべきでしたが、皆さんはそれを受け入れる準備ができていませんでした。皆さんはそれぞれのセンターで十隻の船も欲しいと思いませんでした。そして先生に対して『お父様、われわれは一隻あれば十分です。これ以上船を送らないでください』と言いました。先生は深く失望しました。このような幻滅はどこから来たのでしょうか。皆さんはほかのいかなる教会のプロジェクト以上に希望を持つべきでした。ところが、かえって希望を失ってしまいました。それは皆さんが先生の指示に従わなかったからです。」(み旨と海 第八章 1984年2月8日 ワールド・ミッション・センター)
「将来いつの日か、五十州の各地が、たとえ州議事堂を売ったとしても、ワンホープを買うであろう事を先生は知っています。ところが、統一教会メンバー達の中には、これらの船を見たくもないし、これらの船から逃げ出したいと思っている人達がいます。そういうことを先生は目撃しています。先生の目標と願いは、この船の中に投入されているのにもかかわらず、他のアメリカのメンバー達はそのことを理解せず、この船から逃げようとしています。」(み旨と海 第十二章 1986年7月3日 モーニング・ガーデン)
「お父様は八十の老人ですが、雨が降っても雪が降っても、時間を惜しんで釣りをしようとしているのに、私たちの指導者たちは皆、言い訳を言って逃げ出そうとし、何としてでも私が釣りに行けないようにしようとしています。それは、私がなぜそのようにするのか分からないからです。」(真の父母経 10篇2章 278-319, 1996/06/23)

(3)あきらめない心情

「皆さんが、先生がオーシャン・チャーチを始めた時からの御言葉を読めばそのメッセージがいかに重要で、いかに真剣なものであるかが分かるでしょう。しかし先生がそのような説明を与えた後でさえも、多くのメンバーがこのオーシャン・チャーチの活動から離れていきました。それは恥ずかしいことですが、先生はあきらめることはできません。」(み旨と海 第十二章 1986年7月3日 モーニング・ガーデン)
「皆さんは本当にここにいたいと思いますか。まだ先生は皆さんを信じられません。皆さんはそれを先生に示さなければなりません。これまで非常に多くのアメリカのメンバー達が、このオーシャン・チャーチの活動から離れ、逃げていくのを見てきました。もちろん、ある者にとってはそうする十分な理由があったかもしれません。先生はただだまって、彼らが来ては去っていくのを見てきました。しかしその間、先生はこのオーシャン・チャーチの努力に対する先生の目標と先生の精神を決して変えませんでした。なぜか、それは先生がその価値を知っているからです。」(み旨と海 第十二章 1986年7月3日 モーニング・ガーデン)
「我々がまさに行かなければならないという精神とは『自分の目が最後に閉じるまで、誰にも自分の手を開けさせない。自分はこの道をできるだけ強くつかんで決して離さない』と言うことができるような精神を持たなければならないのです。」(み旨と海 12章 1986年7月3日)
「多くのアメリカ人がそのようなシー・フードを好んでいます。先生はそれを知っていましたから、先生が一人であらゆることを開拓し、開発したのです。それから食口達を説得しなければなりませんでした。先生は多くの食口達が過去五年間の内に、オーシャン・チャーチから逃げ出すのを目撃しました。しかし、先生はそれを続けたのです。」(み旨と海 第十一章 1985年 8月 バークレイ)
「将来、州の責任者としての資格を持ちたい者は誰でも、まずカープそしてオーシャン・チャーチの指導者としての資格を持たなければなりません。
我々の運動は、現在の州の指導者のレベルを超えて成長しつつあります。これまではどんなに明瞭かつ創造的な指示が与えられていたとしても、その指示は十分に消化され受け入れられてはいませんでした。指導者から各メンバーに至る段階において、メッセージの内容が収縮してしまい、メンバーの所に達した時にはもはや意味のないものになっています。
しかし、カープからオーシャン・チャーチそれから州の責任者へと移行する指導者は、先生の指示を理解しそれに応じることができます。彼らは新しい指示を受けたらいつでもそれに応じて行動に移すことができる特別対策班のようなものです。」(み旨と海 第四章 1982年9月5日 イースト・ガーデン)
「先生は将来の食糧問題の鍵は海にあると見て、何もないところから広範な海洋事業を開発するために努力してきました。誰よりも多くの時間を海で過ごし、海で考え、海で祈り、海で苦労しました。いかに多くの時間と努力を注いだか。皆さんには想像できないでしょう。」(「統一教会と陸地と海」1991年6月1日)
これは先生が生きてきた唯一の道であり、先生と共に働きながらいかに多くの人が離れ去ったとしても、先生はこの道を離れることはできません。これは皆さんにとっても唯一の道であり、皆さんが歴史を振り返ってみる時、決して後悔することのない道です。霊界にいる人は誰もが、これが正しい道であり、唯一の道であることを知っています。」(み旨と海 第11章 1985年8月)

(4)未来に委ねる心情

「そのような生活を続けたので、私が海に出ていくことに対して、『海が好きだから出掛けるのだ』と思うかもしれませんが、海のどこが良いというのですか。誰もが、そのようにならなければならないのです。もう私は、これから船に乗らないつもりですが、死ぬ前に、誰かにこれを伝授してあげなければなりません。私が伝授できずに死ねば、すべてストップします。誰かにこれを伝授したからといって、続ける人がどこにいるでしょうか。」(真の父母経 十篇二章五節 294-177, 1998/06/14)
「先生は苦労の中から出発した自分の路程を、必ず成功させようと決意しています。その同じ状況が皆さんにも当てはまらなければなりません。もし先生がこのように決めたとすれば、皆さんは違った道を行くことができますか。それは真の父母の伝統であり、それを皆さんに残して行きます。だから皆さんは、この世界の最後の人が救われるまで、ずっとこの道をたどっていくべきです。これは達成するまで、これ以外の道を行くことはできません。」(み旨と海 第十一章 1985年8月)
将来、統一教会の唯一の希望となるのがオーシャン・チャーチです。皆さんの立場がどれほど重大なものかが分かるでしょう。」(み旨と海 第六章 1983年7月3日)
「統一教会員達は皆船を一隻づつ買うのです。そうするためには昼食抜きの運動もして貯金をしなさいというのです。先生は家を出て10年間昼食を食べませんでした。将来このようなことをなすために。それを考えればできないとは言えないのです。なぜ?何のために?飢え死にしていく世界人類のために。それが私たちの使命なのです。」(万物の日と愛の結実 1991.06.12)
「皆さんは海に出て行かなければなりません。それが皆さんの役割であり、使命です。もしアメリカのメンバーが失敗するならば、先生は日本人や韓国人、あるいは祝福の子女たちに対してこの使命を達成するように求めなければならないかもしれません。先生は絶対に成功しようと決意しています。」(み旨と海 第八章 1984年 2月 8日)
「二十年前に始めたオーシャンチャーチ摂理ですが、最後に残ったのは先生一人です。これから二十年間は皆さんの時代です。皆さん、この道を行く覚悟ができていますか?さあ、やりますという人は両手を挙げて神様の前に誓って下さい。神様の祝福がありますように。」(北米海洋摂理20周年記念式典 1994年8月1日)
「私は、そのように熱心に海に出掛けていくのですが、その心を忘れてしまったら問題が生じます。その心が続かなければなりません。精誠というものは、千年万年続かなければなりません。海に出ていって精誠を尽くすのを楽に座ってするならば、蕩減できる条件が立ちません。きのうよりもきょうが良く、きょうよりもあしたが良くなければなりません。すべての川の水は大西洋に集まり、大西洋の水は太平洋へ行くのです。今後私が、飢え死にする人々を救ってあげる時までその精誠を込めるならば、私が死んだとしても、そのみ旨はこの地上に成し遂げられるだろうと思っています。」(環太平洋摂理2章3節)

(5)食口と子孫のための心情

「私は、船も設計して、世界で一番のものを造りました。潜水艦においても、どこの海に行っても暮らせるような五人乗りのものを造ろうと思っています。今後は海の中に入っていって生活をしなければなりません。ですから、それを開発しています。一度、統一教会の者たちに、良い暮らしができるようにしてあげなければなりません。」(環太平洋摂理 第一章一節 210-39, 1990.11.30)
「もし世界の難民たちに、私たちが魚粉を供給して、食糧問題を解決できるようになったとすれば、多くの人々が統一教会員になります。そのようなことをしておけば、真の父母の偉大さは、地が消え去り、天が崩れ去っても永遠に残るというのです。それにより、統一教会の子孫たちが、どれほど堂々と神様のみ前に賛美をお返しできるだろうかと考えています。そして、世界の人々がジャルジンを訪れ、魚を養殖し、人類を生かすために苦労したその功績の基盤を中心として、賛美するようになるでしょう。」(真の父母経10篇2章4章 277-143, 1996/04/07)








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